大判例

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大分地方裁判所 昭和62年(ワ)717号 判決 1988年10月31日

原告

平井英一

被告

大分県

右代表者知事

平松守彦

右訴訟代理人弁護士

松木武

右指定代理人

堤精爾

後藤和芳

河野忠夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二〇〇万円及び右金員に対する昭和六三年一月一三日より支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和七年三月六日に出生し、昭和四四年九月に小学校教諭一級普通免許状を取得し、以後大分県竹田市、直入郡内で公立小、中学校の教員を経験した後、昭和五七年四月より現在に至るまで、大分県直入郡荻町立緑ケ丘中学校教員の職にある者である。

(二) 被告は、大分県教育委員会(以下、「県教委」という。)を設け、県教委に教育職員の任免その他人事に関する事務を行わせているものであり、県教委教育長は被告の公権力の行使にあたる公務員である。

2  原告の教頭採用候補者選考志願

原告は、県教委の制定した「昭和六二年度大分県公立小、中、養護学校教頭採用候補者選考要領」に基づき、昭和六二年一月八日、所属長である右緑ケ丘中学校長に対し、昭和六二年度教頭採用候補者選考願を提出し、もって、右選考に志願した。

右選考願は、その後、荻町教育委員会教育長、大分県教育庁竹田教育事務所長を経由して、県教委に提出された。

3  県教委教育長による不合格処分

その後、県教委教育長は、「教頭の採用は満五五歳未満の者に限るところ、原告の年齢は満五五歳を二五日超過している」との理由で原告を不合格とする旨の決定(以下、「本件不合格処分」という。)を行った。

4  本件不合格処分の違法性

地方公務員法六条は、職員の任命が法律に基づいて行われなければならない旨定め、また同法は、職員の任用にあたっては能力本位の原則を採用し(同法一五条)、この原則を確保し人事の公正を保障するためその違法に対しては三年以下の懲役という厳罰をもって臨んでいる(同法六一条二号)。以上の如く、法律に基づく公務員の任用は、憲法の精神に則り、情実人事を排除し、民主的な公務員制度の実現を目的とする公務員法の大原則であり、厳格に守られなければならないものである。

しかるに、県教委教育長は、法令に根拠を有することなく、しかも自らが定め公示した前記選考要領にも根拠のない満五五歳未満の者に限るとの裁量基準を設け、それにより本件不合格処分を行ったものであり、これは法の禁止する裁量人事以外の何ものでもなく、その違法性は極めて明白である。

5  被告の責任

被告は、国家賠償法一条に基づき、その公権力の行使にあたる公務員たる県教委教育長が、その職務を行うにつきなした違法な本件不合格処分により原告の被った損害を賠償する責任がある。

6  原告の損害

本件不合格処分は、原告の教頭昇任を妨げたばかりでなく、三十有余年の間誠実に職務を遂行してきた原告の名誉を大きく毀損するものである。

原告がこれによって被った精神的苦痛は計り知れないものであり、右精神的苦痛を金銭で慰藉するとすれば、その額は金二〇〇万円を下らない。

7  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害金二〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年一月一三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4のうち前段の事実及び県教委教育長が教頭採用候補者の選考につき満五五歳未満の者に限るとの裁量基準を設け、それにより本件不合格処分を行ったことは認めるが、その余は否認する。

3  同5の主張は争う。

4  同6の事実は否認する。

三  被告の主張

1  一般の国家公務員又は地方公務員の採用、昇任のための能力の実証は、原則として、人事院又は人事委員会の施行する競争試験により行わなければならない(国家公務員法三六条一項、三七条一項、地方公務員法一七条三項)。しかし、公立学校の校長及び教員の採用、昇任は、競争試験ではなく、任命権者である教育委員会の教育長の選考により行わなければならない(教育公務員特例法一三条一項)。これは、校長、教員の地位の特殊性に基づくものである。

2  県教委は、昭和六一年一一月一〇日に、「昭和六二年度大分県公立小、中、養護学校教頭採用候補者選考要領」を制定し、これに基づき昭和六二年度の小、中、養護学校の教頭採用候補者の選考を行う旨決定した。右選考要領に定められている選考手続の要旨は次のとおりである。

(一) 推薦手続

市町村立学校教員及び市町村教育委員会職員である志願者は、教頭採用候補者選考願を所属長に提出する。所属長は、昭和六二年一月一〇日までに、選考願に所見を付して、市町村教育委員会教育長に具申する。市町村教育委員会教育長は、同月一七日までに、適当と認めた者につき、選考願に所見を付して、これを教育事務所長に提出し、県教委教育長に推薦する。教育事務所長は、同月二一日までに、推薦された志願者の選考願を県教委に提出する。

(二) 選考手続

第一次 書類及び面接により選考する。

同年二月七日までに行う。

第二次 第一次選考の合格者を対象とし、書類及び論文試験により選考する。同月二八日までに行う。

(三) 選考結果の処理

選考結果は公表しない。教頭採用候補者名簿を作成し、教頭採用の対象とする。教頭採用候補者名簿の有効期間は二か年とする。

3  県教委教育長は、右選考要領に基づき、次の順序で昭和六二年度教頭採用候補者の選考を行った。

(一) 志願者三七九名につき、書面による選考を行い、内九三名(約二五パーセント)を不合格者とする旨決定した。(選考の結果は通知していない。しかし、不合格者は面接及び論文試験の通知がないので、間接的に知ることができる。)

(二) 残余の志願者二八六名につき、面接による選考を行い、内一五八名(約四二パーセント)を第一次合格者とする旨決定した。

(三) 第一次合格者一五八名につき、論文による選考を行い、一五八名全員を最終合格者とする旨決定した。

4  県教委教育長は、前項(一)記載の書面による選考の段階で、原告を不合格とする旨決定した。その理由は、原告が昭和六二年四月一日時点で満五五歳を二六日超過するからである。

県教委教育長は、小、中、養護学校の教頭採用候補者名簿に登載する者は満五五歳未満の者に限る旨の裁量基準を設け、満五五歳を超過する者は、教頭採用候補者選考試験に合格させない取扱いをしている。これは、大分県教職員の定年が満六〇歳であるところ、管理職である教頭及び校長は、通じて、少なくとも五年以上、その職にあることが望ましいからである。

なお、右裁量基準は、前記選考要領には記載されていないが、大分県の教育界においては公知の事実となっているものである。

5  以上のとおり、県教委教育長は、右の合理的な裁量基準に基づき本件不合格処分をなしたものであり、右取扱いは適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1及び2の事実は認める。

2  同3の事実は知らない。

3  同4の事実中、本件不合格処分がなされたこと、県教委教育長が被告主張の裁量基準を設けていること、原告が昭和六二年四月一日時点で満五五歳を二五日超過すること及び大分県教職員の定年が満六〇歳であることは認めるが、その余は否認する。なお、志願者三七九名中九三名が原告と同様に書面のみによる選考で不合格となっているのであれば、右事実自体被告主張の裁量基準が公知の事実ではなかったことの明白な証左である。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(当事者)、同2(原告が昭和六二年度大分県公立小、中、養護学校教頭採用候補者選考に志願したこと)、同3(県教委教育長が原告の年齢は満五五歳を二五日超過しているとの理由で本件不合格処分をしたこと)及び本件不合格処分は県教委教育長の設けた「教頭採用候補者の選考につき満五五歳未満の者に限る」との裁量(選考)基準に基づいてなされたことは当事者間に争いがない。

二  ところで、一般の公務員の採用は競争試験によるのが原則である(国家公務員法三六条一項、地方公務員法一七条三項)のに対し、教育公務員たる公立学校(大学を除く)の校長、教員の採用は、任命権者である教育委員会の教育長等が行う「選考」(競争試験以外の能力の実証に基づく試験―国家公務員法三六条一項)によるものとされている(教育公務員特例法一三条)。そして、教育公務員の採用について選考制度が設けられた理由は、教員の場合には、その一定の資格、能力は教員免許状の所持等によって具備していると評価されるので、これらに対し競争試験によらしめることは適切でなく、教員(校長、教頭も含む)として人物適性を重視するという観点から、各学校集団の意向を尊重するとともに一定の選考基準に適合するかどうかに基づいてその能力を判定するのが適当であるとされるからと考えられる。もとより、右選考基準は、教職適性等の判定のためのものであるから、右の観点に照らして不合理なものであってはならないのは当然である。

三  そこで、まず本件において県教委教育長が設けた「教頭採用候補者の選考につき満五五歳未満の者に限る」旨の選考基準が、前記観点に照らして不合理なものであったか否かについて検討するに、校長、教頭が管理職として充分その職責を果たしうるためには、教頭、校長として通じて一定期間以上その職務に就きうることが望ましいとし、このような要件を充たす者の中からのみ教頭として採用しようとすること自体は前記観点に照らして不合理とはいえないところ、大分県教職員の定年が満六〇歳であること(この点は当事者間に争いがない)に鑑みれば、本件における選考基準が前記観点に照らして不合理なものであるとは認めがたい。

四  また、原告は、本件不合格処分が違法であることの根拠として、本件の選考基準が法令に根拠を有しないもので、かつ公示も周知徹底もされていなかったことを主張するが、教育公務員の採用について選考制度が設けられたこと自体、法は任命権者が選考基準を設定することを予定しているものと考えられるから、法令に根拠がないということはできず(なお、選考基準の内容は、これを具体的に法定することになじむものではない)、また選考基準は、公正な判定を担保するという観点からはこれを公表することが望ましいものではあるが、公表しなかったからといって、直ちにその選考基準に基づいてなされた不合格処分が違法となるものではない。

五  以上のとおり、本件不合格処分が違法である旨いう原告の主張は失当であるというほかはない。

六  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 岡部喜代子 裁判官 本多俊雄)

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